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予測型警察活動

予測型警察活動

 最近、警察の活動について、マスコミから興味深い取材を受けた。

 一つ目は、大阪府警が犯罪認知件数を過少に計上していたという問題。しかし残念ながら、新聞に載ったコメントはボクが強調した点ではなかった。ボクが言いたかったことは、「実際には、認知件数の5倍の犯罪が起こっているのだから、認知件数を重視するのはナンセンス」ということだ。認知件数イコール犯罪総数と勘違いしていることこそ、問題の本質なのである(この点については、新潮新書『犯罪は予測できる』で詳しく述べている)。さらに、「認知件数を重視することは、予防を軽視することにほかならない」ということも、ボクが言いたかったことである。予防に熱心でなくても認知件数が少なければ評価され、予防に熱心でも認知件数が多ければ非難されるのは理不尽である。評価されるべきは、結果(認知件数)ではなく、過程(予防活動)のはずである。

 アメリカでは、警察が犯人を逮捕しても、被害を防げなかったことには変わりないから、日本のようには評価されない。そのため、警察もスタンスを変え、予防を重視する「予測型警察活動」にシフトしてきている(この点についても、『犯罪は予測できる』に詳しい)。大阪府警のウソを非難しているだけでは、そうした動きは出てこないだろう。

 二つ目は、北海道警の制服警察官がコンビニで買い物をしていることに対しクレームが寄せられたという問題。「公務中に制服で弁当を買っていいのか」といったクレームが多くあるそうだ。しかしアメリカでは、市民の感覚は正反対である。ボクが、シカゴ市警のホットスポット・パトロールに同行したときには、制服警察官とレストランに入り一緒にピザを食べた。印象的だったのは、食事中に店員や他の客が次々にテーブルにやってきて、いろいろな話をしていったことだ。つまりその場は、警察官と地域住民の情報交換の場になっていたのである。もちろん、ボクらの姿を見た犯罪企図者は、こっそり店を抜け出したかもしれない。

 要するに、警察官が制服を着たまま店に入るということは、犯罪企図者に対しては抑止力になり、一般の人にとっては警察官とのコミュニケーションの機会になり、店にとっては金銭的利益になるのである。このように、一石三鳥にもなる取り組みが、なぜ日本では支持されないのか理解に苦しむ。犯罪問題における思い込みの呪縛は、こんなところにも現れているようだ。


立正大学教授(犯罪社会学)
小宮信夫

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